みなさんこんにちは!ほのかです!
最近、ずっと雨ですね。。
前回のブログから約3週間が経ちました。
(期間が空きすぎていてすみません。。反省します。。)
前回はセブのことについて綴ったのですが、今回はなんと、利尻島へ2週間行ってきました!
今回の利尻島のお話は、3回に分けてお届けできたらいいなと思っています。
皆さんに少しでも読んでいただいて、何か一つでも「いいな」と思ってもらえたら嬉しいです。
ただ、ありがたいことに、最近は本当に毎日いろんなことがあります。
その分、時間が経つと、どんどん過去の記憶が薄れていくんです。。
昨日のことだって、きっと頑張れば思い出せるのでしょうけど、どう頑張っても7〜8割くらいしか思い出せません。
私の記憶力が悪いだけかもしれません。笑
でも私は、残りの2〜3割も絶対に忘れたくない。
だから、普段から毎日日記を書いています。
普段の日常ですら騒がしいので、イベントや旅となると、1日の情報量がとんでもないことになります。
なので、利尻島にいる期間中は、ノートの両面を使って「エキストラ毎日日記」を書いていました。笑

今回の利尻島での2週間についても、私の頭に残っている記憶と、そのときに書いていたノートを頼りに、
「私が利尻島で何をして、何を感じたのか」
そして、
「利尻島ってこんなところなんだ!」
ということを、少しずつ皆さんにお届けできたらと思います。
ということで今回は、
「HONKIの誰もいない場所へ。私、利尻島に行ってきました。」
第1話です!
まず、HONKI Universityと利尻島。
HONKI Universityと利尻島には、実は10年前からつながりがあります。
2016年に、HONKI Universityが離島交流事業を実践し、当時の学生を何十人も利尻島へ送り出していたそうです。

その後には、HONKI University代表のご家族が家族旅行で訪れたりもしたそうです。
そこからHONKIと利尻島のつながりは続いていたのですが、その後、HONKIが利尻島へ行く機会はなかなかなかった。
そんな中、
「島での交流をきっかけに、再度、利尻島とHONKI Universityの交流関係を再構築してきてほしい。」
「島で人材不足などの課題があるのであれば、その対応などに活用いただきたい。」
そんなお話になり、
今回、私が利尻島へ行かせていただくことになりました。
そして私にとって、この旅はすごく勇気のいる旅になるだろうなと思っていました。
それはなぜか。
いつもは、HONKIメンバーのみなさんが私の周りにいるからです。
ユニバーサルカヌーをするときも、

運動会をするときも、

お祭りに出店するときも、

出張授業に行くときも、

インドに行くときも、

もちろん、セブに行くときも。

それ以外のいろんなイベントでも、

キャンプだったり、

海だったり、

ご飯を食べるときも、

いつも誰かが近くにいてくれました。
そして、毎回のイベントで、みなさんの偉大さを感じています。
そんな中で、たった一人で行く利尻島。
10年前のHONKIと利尻島のつながりはあっても、
私にとっては、すべてが「初めて」です。
人も。
場所も。
地域も。
コミュニティーも。
なにもかも。
そして、利尻島側からしても、
「10年越しにHONKIが来る」
となったときに、現れるのは私です。
私の言動、
行動、
誠意、
姿勢、
取り組み方、
人との接し方。
私の一つひとつの行動が、
10年前のHONKIの印象を塗り替えてしまうかもしれない。
悪い方向にも、いい方向にも。
そんなことも、どこかで考えていました。
セブから帰ってきて、次の日には利尻島。
そんなことを考えながら迎えた、利尻島への出発。
実は、その2日前までセブにいました。
セブから帰ってきて、1日だけ間があって、
普通なら、「休みなよ!!!」という感じだと思います。笑
でも、私もだんだんバグってきているのかもしれません。
プールに行ったりもしました。笑
スーツケースの中身も、私の心も、
まだまだセブ状態。
スーツケースの中身なんて、ほとんど変わっていません。笑
どうやら、セブと利尻島で使うものは共通らしいです。
会ったHONKIメンバーのみなさんにも、
「昨日セブから帰ってきたのに、明日利尻島に行くの、マジ?」
と言われ、私も、「本当にそうだよな。。」と思っていました。笑
決断したのは自分です。
でも、あまりのタイトさに、自分で驚いてしまいました。
休んだのか、休んでいないのか分からないまま、
気づいたら出発日。
「10日前にもセブに行くために、同じような光景を見たな。。」
と思いながら、
スーツケースをガラガラと引いて、飛行機に乗り込みました。
HONKIメンバーがいない旅。
いつもはHONKIメンバーのみんなが周りにいてくれる環境で、新しい旅に出ます。
だから今回は、本当に心細かった。
「大丈夫かな。。」
「みんないてほしいな。。」
そんなことを思いながら、飛行機に乗りました。
まず向かったのは、稚内。

ここで私は、
「稚内っていう場所も知らなかったな、私。。」と気づきました。
不安すぎる。笑


そして稚内からフェリーに乗り、いざ利尻島へ。
さらに海を越えていく。
その感じがなんとも言えなくて、
「本当に遠くまで来たんだな。」
と実感しました。
この挑戦へのワクワクもありました。
でも同時に、なんだか少し寂しい。
そんな不思議な気持ちを抱えながら、フェリーに揺られていました。
そして、やっと到着。
朝7時に家を出て、利尻島に着いたのは夕方18時。
長かった。。
でも、到着すると、今回お世話になる方々が私を出迎えてくださっていました。
関さん。
こうへいさん。
みくさん。
宮崎さん。
スガさん。
5人の方が、
「ようこそ、利尻島へ!!!」
と迎えてくださいました。
まだまだ実感が湧いていなかった私ですが、
このときになって、「あぁ、この方々に2週間お世話になるんだな。。」
と、やっと少し実感が湧いた気がします。
まずは、昆布のお仕事。
今回、私がお手伝いさせていただいたのは、
10年前にもお世話になった



神成誠さんの「昆布屋 神兵衛」さん。
ここで、8日間、昆布のお手伝いをさせていただきました!
本当は、「昆布干し」というものを体験してみたかったんです。
でも、残念ながら、昆布干しは6月中には終わらせるとのこと。
以前は6月〜8月の間でやっていたそうなのですが、近年は6月中に終わらせてしまうそうです。
「なぜ??」と思いますよね。
これについては、後でお話しします!
私がお手伝いさせていただいたのは、

80度に保たれた機械に昆布を入れ、昆布のシワを伸ばす作業。
これが、また大変。。
少しでもクシャっとなっていると、その端の部分を切るときに切りにくい。
ちょっとでも汚れがついていたら、検査に引っかかる。
なので、そこに気をつけながら、一枚一枚お手伝いさせていただきました。
そして、お手伝いをしながら、
今まで全く知らなかった「昆布の世界」について、たくさん教えていただきました。
例えば、
昆布は雨に濡れると変色して、売れなくなってしまう。
だから、昆布のお仕事をしている人は、島の天気予報士よりも天気に詳しい。
天気アプリを見るよりも、漁師さんに聞いた方が正確なこともあるそうです。笑
そして、私が一番衝撃を受けたのが、

養殖昆布に付着する「ヒドロゾア」という生き物。
毛のように見えることから、養殖漁業者の間では「毛」と呼ばれているそうです。
この「毛」が昆布についてしまうと、
一等の超高級昆布でも、
一番低いランクになってしまうことがあるんだとか。
だから、夏になると「毛」が昆布につきやすくなるため、
夏になる前に昆布干しを終わらせてしまう。
なるほど。。
昆布にも、昆布の世界があるんですね。
私は、「絶対に昆布干しをやってみたい。」と思いました。
いつか絶対にリベンジします。
そして、神成昆布さんは、10年前にもHONKIがお世話になった場所。

当時の学生さんたちは、今となっては、みなさんお父さん、お母さんになっています。

「今は小学校の先生になって、顔、特に眉毛がそっくりな息子さんがいるんです〜!!」
とか、

「今、2児の母で、こないだもキャンプに行ってきて、長男は先生に特訓させられていたんです〜」
とか。
私が当時利尻島を訪れていた学生さんたちが、今は何をしているのかをお話ししている。。。
10年前に止まっていた情報が更新される。。。
みなさん、10年前なのにものすごく覚えていてくださっていて皆さんのことを話すと
「あらぁ、、そうなの!?」と、、写真を見せると、、「顔、変わってねーべや」と。
逆に神成さん側からは、当時のHONKIの印象や、10年前の出来事をたくさんたくさん聞かせていただきました。
10年前のHONKIを知っている方から、10年前の話を聞く。
その時間が、なんだかとても不思議でした。
「私も、10年前のHONKIの人たちからつながっているんだな。」
そう思うと、
今回こうして私が利尻島に行かせてもらったことは、本当にありがたいことなんだなと、改めて感じました。
そして、フェリーターミナルへ。
そして私は、フェリーターミナルのお仕事もさせていただくことになりました。
利尻島には、
飛行機で行くか、
フェリーで行くか。
なので、フェリーで来る旅行者が、利尻島で最初に足を踏み入れる場所が、このフェリーターミナルです。
島にとっても、とても大切な場所。
そんな場所のお掃除をさせていただけることになりました。
そして私にとっては、
ただの「掃除」ではありませんでした。
そこで出会ったのが、
このフェリーターミナルができてから、ずっとお掃除をされている、

リカさん。
HONKIメンバーにもリカさんがいるのですが、
利尻島のリカさんも、やっぱり最強でした。
フェリーターミナルのお掃除1日目。
リカさんと「初めまして」をして、
「じゃあ、ほうきではいてください!」
と言われました。
「はい!!!」
と、自信満々に答え、
「頑張ろう!」
という気持ちで掃き始めました。
でも、
はいても、
はいても、
ゴミが集まらない。
どれだけ一生懸命はいても、
ゴミが集まらないんです。
30分、一生懸命はいて、
集まったのは、

たったの砂だけ。
「え??」
と思いました。
本当にゴミが集まらない。
というか、
もう、すでにものすごーーーーーく綺麗なんです。
未熟すぎる私は、
「え?はくところないよ。。」「綺麗すぎるよ。。」
と思っていました。笑
そして、少し休憩をとることになり、
リカさんとお話をしていたとき、
私は思わず、
「私が掃除する前から、ものすごく綺麗ですね!
はいてもはいてもゴミは見つからないし、はけたとしても砂数十粒だけです。すごいです。」
と伝えました。
するとリカさんが、
「その小さなことが、大きいことになるんだよ。」
と。
その一言を言われただけなのに、
「この方はすごい。」
と、なんだか度肝を抜かれたような感覚になりました。
このフェリーターミナルが10年以上も綺麗に保たれているのは、
リカさんたちが、
毎日、毎日、小さなことを積み重ねてきたからなんだ。
そう思いました。
「ゴミがないから、掃除する必要がない。」
ではなく、
「ゴミがない状態を、ずっと保つために掃除をする。」
私には、そんな当たり前のことすら見えていなかったんだと思います。
そんな方と一緒にお仕事ができることが、私はすごく嬉しかったです。
リカさんの人生。
そして、掃除をしながら、
リカさん自身のお話も聞かせていただきました。
ご両親は北海道の方ですが、
ブラジルに住むことが夢で、
リカさんは生まれたときから30歳くらいまでブラジルに住んでいたそうです。
小さい頃は、ご両親が農業をされていて、
小学4年生くらいまでは親御さんと一緒に暮らしていた。
でも小学5年生のときに親元を離れ、
兄弟と別の街で暮らしていたそうです。
上のお姉さんが仕事をしていたから、
リカさんが小さい兄弟たちの面倒を見たり、
洗濯をしたり、ご飯を作ったり。昔は今のように便利な冷蔵庫もなかったから、
肉を塩漬けにして保存したりもしていたそうです。
ただでさえ、
自分自身の生活を過ごすだけでも大変な年齢。
それなのに11歳という若さで、
兄弟の面倒を見たり、家のことをしたりしていた。
そんな話を聞いていると、
「リカさんの人間性の素晴らしさって、こういうところから来ているのかな。」
なんて思いました。
そして、「その小さなことが大きいことになるんだよ。」
という言葉も、なんだか少しだけつながったような気がしました。
11歳の頃から、
毎日の小さなことを積み重ねてきた人。
そして今、
毎日フェリーターミナルを綺麗にしている人。
人生って、今この瞬間だけを見ても分からないんだな。
そんなことも感じました。
「一人で行く」って、こういうことなのかもしれない。
利尻島に行く前の私は、
「HONKIのメンバーが誰もいない場所で、本当に大丈夫かな。」
そんなことばかり考えていました。
10年前のHONKIと利尻島にはつながりがある。
でも、私にとっては全部が初めて。
人も、
場所も、
地域も、
コミュニティーも。
だからこそ、
「私がちゃんとしなきゃ。」
「HONKIから来た人として、ちゃんとしなきゃ。」
そんな気持ちも、どこかにあったと思います。
でも、実際に利尻島に来てみたら、
私を待っていてくれる人がいて、
一緒に仕事をしてくれる人がいて、
仕事を教えてくれる人がいて、
たくさんの話を聞かせてくれる人がいました。
「一人で行く」ということは、
「一人になる」ということではないのかもしれません。
HONKIメンバーが周りにいなくても、
新しく出会った人たちが、少しずつ私の周りにいてくれる。
それが、なんだかすごく嬉しかったです。
そして、これがまだ、
私の利尻島2週間の最初の1週間。
昆布のことも。
フェリーターミナルのことも。
学校のことも。
島で暮らす人たちのことも。
10年前のHONKIのことも。
まだまだ知らないことだらけでした。
そして何より、
私自身がこの島で、どんなことを感じるのかも、
まだ分かっていませんでした。
ここからの1週間で、私はさらにたくさんの人と出会い、
たくさんのことを教えてもらうことになります。
ということで今回は、
利尻島2週間の第1話。
ここまで!
次回は、
利尻島で出会った「人」について、
もう少し深く書いてみようと思います。
10年前のHONKIを知る人たち。
今回初めて出会った島の人たち。
そして、2週間の中で私が出会った、
たくさんの「生き方」。
まだまだ書きたいことがたくさんあります。
それでは、また次回!


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