こんにちは!順天堂大学のあいかです!
今年のゴールデンウイークはどんな過ごし方をしましたか?!
遊びに行ったり、帰省したり、おうちでのんびり過ごしたり、さまざまな過ごし方があると思います!
私のゴールデンウィーク初日は、さむかわ天才万博で的当てのブースをやりました!
なにそれ!この前の大阪の万博みたい!
って思った人もいると思います。さむかわ天才万博は、子供から大人まで自分の「好き」とか「やってみたい」とかそういう気持ちを発見するお祭りです!
私が実際に運営している実行委員の1人にインタビューをした中で印象にあったのが、「天才」という言葉の定義。

「天才」とは?
私はこれまで、「天才」というと、周りより特別に秀でている能力を持っている人を想像していました。
このさむかわ天才万博では、「自分の好きなことをやってみたい」「楽しいと思えることがある」ということ自体が、その人の「天才」だと考えられていました。
「周りを気にしなくていい、自分の気持ちに正直になっていいんだ」と気づかされ、勇気をもらえました!大人になるにつれ、気づいたら周りに合わせるようになったり、自分を最優先にすることが減っていくように感じますが、このイベントはそうじゃない。
子どもに戻ったような素直さを手に入れた気分でした。
子どもと大人の違い

イベント当日のお昼ご飯の時間、地面に座ってすごくのどかな時間を過ごせました。
春の暖かくてやわらかい風
ステージから聞こえてくる懐かしい音楽
子どもたちがいろいろなブースに夢中になっている姿
草むらをモンシロチョウが飛んでいる様子
私が地面に座ると子どもたちが見ている景色と同じくらいの高さ。
「子どもたちにはこんな世界がみえているんだ」と、このイベントで教えてもらいました。
大人になった今、子どもの頃よりも、気をつかって周りに合わせたり、顔色をうかがってやりたいことをやりたいようにできない瞬間が増えた。もちろん、そういう瞬間が大切な時はある。
けど、好きなことをしていいよと言われたら好きに動ける大人は何人いるだろうか。
こうしたらこうなる、というメリット・デメリットを考えてしまい、純粋に動ける人は少ないと思います。
私もそうだと思います。
何かを失うことが不安だから。
20歳。まだまだ子どもだけど、少しずつ自分の行動や選択に責任が伴う。
今、あなたは何が不安ですか?その不安についてくる余計なものって何ですか?
守ってくれる存在と背負うもの
子どものときは、親とか家族とか先生とか、身近な人が守ってくれた。
お金は親が管理してくれた。家とか食べ物とか衛生とか、生きるための安全も全部保証してくれた。習い事もやりたいことをさせてくれた。どれだけ怒られても、喧嘩しても、守ってくれた。
保育園・幼稚園、学校では、小さなコミュニティだけど先生が人間関係を見守ってくれていた。友達と喧嘩しても仲直りさせてくれたり、集団でのルールを教えてくれた。
何も不安なことはなかった。多くの人はそうやって守ってもらいながら成長していく。
中学1年生
自分の進路の話をするようになる。
途端に不安。どうやってきめるの?!てか、入学したばかりですが?!
地域柄、一番近い学区の公立の小中学校に通うのが一般的だった。(後から中学受験という存在を知ったので何も疑ってこなかったし、近所に住んでる親戚もそうだったのでそれしかないんだと思っていた)
受験のこともよくわからないのに、、
部活に入って出会ったバドミントンが楽しかったからバドが強い高校に行きたい!
通いやすくてバドが強い高校に決めた。(高校としての評判は良くなかった)
先生も親も浮かない顔をしていた。
(なんで???私の進路でしょうが!)なんて言えなかった。適当に流してた気がする。
楽しくて好きだからやりたいのに諦めた。初めて自分の人生に「何か」が邪魔してきた。守ってもらっていた存在に応援してもらえなかった。
あなたが初めて周りの人に応援してもらえなかったのはいつですか?
私はきっとこの時でした。少しづつ不信感も覚えました。
中学3年生
このころにはまた考えが変わって、仲の良い先輩がいるとこに行きたい!
先生はまた浮かない顔をしていた。あいかにはちょっとレベルが高いんじゃない?
でも受けたい!とりあえず推薦が通るように猛勉強。けどあとちょっと足りなかった。
それでも諦めたくなかったから、塾にこもって一般受験の準備。周りには私立高校で一般受験をするような子がいなくてすごく心が折れそうだった。
結果は不合格だったし途中で諦めそうな瞬間があっても、見捨てないで応援してくれて支えてくれた人と環境があったからがんばれた。
そういう支えがあったから挑戦できたし不安じゃなかった。結果はどうであれ、やりたいことができた。
高校入学
またすぐ進路の面談。
興味を持っていた職業があったから専門学校に行きたい!
「まだ選択肢を絞らないほうがいいよ」と言う先生。それはそうなんだけど、、、
中学のときを思い出した。
そんなことを言われたらどうしたらいいかわからなくなった。
やりたいことを応援してくれる人がいない不安。
何を選んだら良い顔をしてくれるんだろう。
いつからかそんな基準ができてた。
誰かの喜びのために選ぶ。誰も責任を取ってくれるわけでもないのに。
じゃあ適当に大学行ってやりたいことさがそ。学部はいろいろ考えて考えた結果、英語が少し楽しかったからそういう学部で、とかなんとかやってたら順天堂大学国際教養学部に。

大学入学
田舎出身の私は毎日ほぼ始発じゃ親(自宅から最寄り駅の送迎がないとむり)も私もやってられない!となり、入学する少し前から1人暮らし開始。
誰も知らないし、どんな街かもわからない、何をどこで買うかもわからない、病院だってわからない、初めてやる家事も調べながら。
大学の雰囲気も全然つかめないまま、コロナ初感染。しんどいのに頼れる先は画面の中の親だけ。親だって仕事があるから飛んでこれるわけでもない。
でも死ぬんじゃないかって不安だった。
毎日毎日ただこなすだけで精一杯。やりたいことなんてできなかった。お金がかかる都内で生きるために、お金が無くなる不安をバイトでかき消し、それでも毎日朝から授業、終わったら居酒屋で遅くまでバイト、の繰り返し。時間も心も余裕はなかった。
そんなしんどい日常の中で大学一年生のときの英語の先生が、今NPOで一緒に活動している代表であり、私のゼミの担任である、梅原先生。
初めの出会い
学年のオリエンテーションで前にいて、ボーダーのTシャツを着ている明るい先生だった。この先生面白そう、でもちょっと変わってそう、そういうイメージだった。
2回目の出会い
どんな先生が一番不安な英語を担当してくれるんだろう、、と不安に思っていたらまさかのあのボーダー先生!!名前は覚えてなかったけど印象が強かったからびっくりした。
先生の授業はゲーム性があって面白かった。遅延証をかたくなに受け取ってくれなかったのもよく覚えてる。
3回目の出会い
1年の夏にセブの語学留学に参加した。その時も梅原先生がいた。朝から晩までの授業に加え、毎日各授業の課題が出されていた私は疲弊しきっていた。けど梅原先生が来ると、一瞬で「ヒロー!」って集まって来て輪の中心に。
4回目の出会い
ゼミ選びのとき、どこにもゼミ見学に行ってないけど興味が沸くゼミがなくて悩んでいた。全ゼミの紹介をあさって、2つ見つけた。自分が少し気になる分野の人気なゼミと初開講のかつては自分の先生だった梅原先生のゼミ。
どっちも第一希望じゃないと入れない。
「一緒にやる人ってだいじだよ」っていう梅原先生の言葉と先輩がいないというのが、私の興味と挑戦を後押しして梅原先生のゼミを第一希望に。
ゼミ選考中、先生はずっと「あいか、本当に大丈夫?」と何回も確認してきた。そんなにきついのか、、と怯えてたけど、今までの大学生活とは違うことをしたくて、ある意味自分への挑戦だと思って気を引き締めて入ることを決断した。
先生経由でHONKI Universityの活動にも参加させてもらい、「本当の気持ち」をみつけるためのきっかけづくりを行うNPO。いろんなチャンスをいただいて、自分のやりたいことや好きなことに気づけた。
私も好きなことしていいんだ!と気づかせてもらった。
好きなことができる環境
自分の好きなこと
自分がやりたいこと
自分の本当の気持ち
これが出せる環境ってどういう場面だろう?
私の人生を振り返ってみると、何かに対する不安が消えたときだと思う。
時間、お金、仕事、将来、人間関係、責任、周りからの見られ方、こころ
どれかが不安だととてもハードルが高く感じる。どれも大人になるにつれ、背負うもの。
「子どもは素直で無邪気だなー」ってうらやましく感じる。背負うものが比較的少ないから。
好きなこと。
ただぼーっとするのもいいし、何かに果敢に挑戦してもいい。
結果とか効率が全てじゃない。意味がなくてもいい。
自分の中にある感情が理由になる。
だから少しでもその感情を大切にできる場所を増やしたい。私一人でできることはごくわずかだけど、支えてくれる仲間と支え合いたいし、つくっていきたい。

私の好きなこと。
寝るのも好き。食べるのも好き。忙しくしてるのも疲れちゃうけどなんだかんだ好き。
1人が好きだと思ってたけど、誰かといたり誰かのお世話を焼くのも好き。
HONKIと出会って、人と関わることが好きになった。
みんながそれぞれの好きを認めてくれる。だからこのHONKIの環境が好きだし、その環境と感情を大切にしていきたい。


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