皆さんは、物事をポジティブに考えられていますか?
私は、人よりもポジティブに物事を捉えているほうだと思います。
そのきっかけはなんだったか。
考えてみると、ひとつ思い当たることがあります。
小学四年生の頃、総合の時間に、
「自分の短所を長所に変えてみよう」
というテーマの授業がありました。
当時の担任の先生は、
子ども相手に少し難しい内容を教える
若い男の先生でした。
小学四年生に向けて、
「自制心を鍛えろ」
と言っていたくらいです。
当時は「自制心」の意味すら、
よく分かっていませんでした。
でも最近、ある本を読んでいて、
似たような内容が出てきました。
そのとき、
「そういえば、あの先生がこんなこと言ってたな」
と、ふと思い出したのです。
ポジティブ・リフレーミングとは?
「自分の短所を長所に変える」ことは、
心理学でいうポジティブ・リフレーミングという考え方に近いです。
ポジティブ・リフレーミング(positive reframing)とは、
ある出来事を別の視点から捉え直し、
そこに新しい意味を見つける考え方のことです。
小学4年生が、
「短所を長所に言い換えてみよう!」
と言われるのと、
「ポジティブ・リフレーミングをしよう!」
と言われるのでは、
圧倒的に前者の方が分かりやすいですよね。
今振り返ってみると、
小学4年生にしては
なかなかレベルの高いことをやっていたんだなと思います。
では、せっかくなので、
実際にやってみましょう!!
短所を長所に言い換えてみる
まずは、自分の性格を振り返ってみてください。
自分にとっての「短所」を、1つ。
もし思いつくのであれば、
3つほど挙げてみてください。
実際にアメリカの授業でも、
自分の長所と短所を表現する単語を
ディスカッションする機会がありました。
私が思う自分の短所は、
①考えすぎる
②極端
③気分屋
の3つです。
同じ答えを挙げた人は、どのくらいいますか?
小さなことまで、深掘りして考えすぎてしまう。
極端すぎる考えで、
「やる」と決めたらやりたいし、
「やらない」と決めたものには、
1ミリも手を出したくない。
そして、
感情をコントロールするのではなく、
感情にコントロールされている。

このMBTIの質問も、
「これは私のために作られたのでは?」
と思ってしまうくらいです(笑)
この一見マイナスに見えるものたちを、
ポジティブ・リフレーミングという観点から、
プラスに変えていきます。
①「考えすぎる」
「考えすぎる」というのは、
言い換えれば、
「物事をいろんな角度から考えられる」
と捉えることができます。
私自身、考えすぎてしまう性格をなんとかしたくて、
自分の感情を言葉にする「ジャーナリング」という方法を見つけ、
数年前から試しているのですが、
これが意外と、いろんな場面で生きてきたなと実感しています。
ジャーナリングについては、
もっとちゃんと記事にしたいと思っています!
②「極端」
極端な考え方をするということは、
「決断力がある」「行動力がある」
と捉えることができます。
もちろん、まだまだ自分から行動するべきだし、
まだまだ自分の限界を超えられると思っています。
それでも、昔の自分と比較すると、
「やらない」という選択より、
「やる」という選択を取ってきたように思います。
それも、
0か100かで捉える、
極端すぎる思考があったからなのではないかなと思っています。
もちろん、
60%くらいで物事を捉えるのが理想ですが……。
③「気分屋」
「気分屋」は、
「感受性が豊か」
と捉えることができます。
自分の気分で生きているので、
すごく自分の気持ちや興味に素直です。
欲を言えば、
もう少し自分の感情をコントロールしたいな、
というのが私の目標です。
「短所を長所に変える」というシンプルなものですが、
これは大学受験や就活などの自己分析でも生きてくるもの。
ものは言いよう。
とは、まさにこのことですね。

ハプニングから学ぶ
ネガティブな事柄を、別の視点から捉え直し、
そこに新しい意味を見つける。
これは、短所と長所というテーマに限らず、
自分の生活の中でも生きてくる考え方だと思っています。
アメリカに留学に来てから、
思うようにいかないことが何度もありました。
もちろん、
新しい環境ですべてうまくいくわけがない。
私は、記録として、
そしてネタとして、
留学中のハプニング集を自分なりに作っています。(笑)
来て初日、
案内された寮が間違っていて、
寮のカギを変えるために、
酷暑の中30分歩いたこともあります。
布団が届くまでの一週間は、
冷たいマットレスの上に、ブランケット一枚。
ネックピローを枕代わりにして、
一週間過ごしました。
なぜかオタク仲間に混ざり、
マニフェストとアルゴリズムの話を永遠にされ続け、
困ったこともあります。
一見すると、
「なんでこんなことが起こるの?」
と思ってしまうような出来事ばかりです。
でも、
これも全部、言い換えです!
寮を間違えられたからこそ、
一人で問題を解決する経験ができた。
そして、キャンパス内をたくさん知ることもできた。
快適なベッドがなかったからこそ、
「当たり前にあるもの」のありがたさを知った。
私は、わけあって二子玉川公園で野宿をしたことが過去にあるため、
ベッドで寝られていること自体が、
もう幸せで仕方ありません……(笑)
そして、思いがけず知らない人たちの会話に混ざったからこそ、
自分の知らない世界や価値観に触れることができた。
過去の私は、
自分の興味のあるものだけを探求する傾向にありました。
でも、
「興味がない」という理由だけで蓋をするのは、
自分の可能性を狭めているのかもしれない。
そう気づくようになりました。
アメリカの学生は、
もちろん人にもよりますが、
自分が何に興味があるのか、
そして、その興味を深めるために
何をしなければいけないのかを、
ちゃんと理解している学生が多いように感じます。
その姿に、日々心を動かされます。
ネガティビティ・バイアスとは?
ここまで、
「なんでもポジティブに!!」
という話をしてきました。
でも、無理があるのが人間です。
そもそも人間は、
ポジティブなことよりも、
ネガティブなことに意識が向くようにできています。
それが、
ネガティビティ・バイアス(negativity bias)というものです。
ネガティビティ・バイアスとは、
ポジティブな情報よりもネガティブな情報のほうが注目されやすく、
記憶にも残りやすい傾向のことです。
太古の時代、
人は危険を察知して生き延びるために、
「ネガティブな情報」に敏感である必要がありました。
「この実を食べたら死ぬ!」
「この音がしたらマンモスが来る!」
のように危険情報を強く記憶することで、
生存率が上がったのです。
つまり、
現代社会でも私たちの脳は、
「危険」や「否定」に優先的に
反応するようにできている。
例えば、10人から褒められたことよりも、
たった1人から言われた否定的な言葉が
頭から離れなかった経験はないでしょうか?
これが、ネガティブな情報のほうが注目されやすく、
記憶にも強く残ってしまうネガティビティバイアスの一例です。

「こぼさないで」は、逆効果?
去年、JALの社員の方とホスピタリティを学ぶ授業を受けました。
その中で、
新人研修の際に行われる、
「お客様に水を運ぶ練習」
についての話がありました。
そこで、
こんな研修生に対する2つの声かけを比較します。
「しっかり持って行ってね。」
「水をこぼさないようにね。」
皆さんは、
どちらのほうが効果的だと思いますか?

結論から言うと、前者の
「しっかり持って行ってね」
のほうが効果的とされていたそうです。
私は、
「水をこぼさないようにね」
と言われたほうが、
「絶対にこぼさないようにしよう」
と意識しやすいのではないかと思いました。
なぜなら、先ほど紹介した
ネガティビティ・バイアスという概念を知っていたからです。
人間は、
ポジティブな情報よりもネガティブな情報に、
より強く注意を向けやすい。
そう考えると、
「こぼさないように」という言葉に含まれている、
「こぼす」という情報のほうが、
頭に残るのではないか。
そんなふうに考えることもできます。
この実験はあくまでも一例で、正解はありませんが
考え方や物事の背景を理解することが、
「働く」場面や「人間関係」に限らず、
自分の人生に活かせることが出来るかもしれません。
起きたことは変えられない。だから、「見方」を変える
ここまで読んで、
「じゃあ、結局ポジティブとネガティブ、
どっちで考えたほうがいいの?」
と思った人もいるかもしれません。
私は、
どちらの感情も素直に受け入れることが大事だと思っています。
ネガティブに考えてしまうことも、
嫌な出来事に落ち込むことも、
人間として自然なことです。
大切なのは、
「ポジティブに考えること」そのものではなく、
「自分がその出来事をどう捉えるか」を考えてみること
なのかなと思っています。
良くない出来事を
「最悪だった」
で終わらせることもできます。
でも、
「この経験があったから、~を知ることができた」
と捉え直すこともできますよね!
起きた出来事そのものは、
変えることができません。
でも、
その出来事にどんな意味を持たせるのかは、自分で選ぶことができます。
少し時間が経ってから、
もう一度その出来事を違う角度から見てみる。
「この経験にも、何か意味があったのかもしれない」
そうやって、
自分なりの意味を見つけていく。
それが、
「ポジティブ・リフレーミング」なのだと思います。


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