「娯楽」から考えるアメリカの文化と価値観
今回は、アメリカの娯楽から考える
「便利さと豊かさ」
について書いていこうと思います!
皆さんは、
「what’s your hobby? 」
と聞かれてどんな趣味を答えますか?
アメリカに来てから、
何十回と問われたセリフです。
私はその度に、
「音楽を聴くこと、ジャーナリングすること、
友達と話すこと、踊ること」
と当たり障りのない返答をしていました。
「なんかつまんない人間だと思われる…」
そんな自分を変えたくて、
新しい趣味探しをしてみることにしました。
私が実際に挑戦してみたのは、
主に、ビリヤード、ピックルボール、フーズボールの3つです。
ビリヤードは、
知っている人も多いのではないでしょうか。
台の上にあるボールをキューと呼ばれる棒で打ち、
決められたボールをポケットに落としていくゲームです。
狙ったところにボールを当てるのが意外と難しくて、
かなり頭を使います。

ピックルボールは、
体感的にテニスと卓球を合わせたようなスポーツです。
生まれて初めて挑戦しました。
テニスより小さなコートで、
ボールをラケットで打ち合います。
ルールも比較的シンプルで、
初心者でもすぐに楽しむことができました。

フーズボールは、
テーブルの上で行うサッカーゲームです。
ゲームセンターでよく見るものです!
棒についている人形を動かしてボールを蹴り、
相手のゴールに入れます。
見た目以上に全身を使うため、
夢中になってしまいました。

実際にアメリカの娯楽を体験してみて気づいたのは
日本と比較して、
「一人で行う趣味が圧倒的に少ない」ことです。
日本では、
カラオケ、映画、カフェ、温泉、推し活
などの娯楽で溢れています。
挙げてみればキリがないですね。
どれも、簡単に一人でできてしまうんです。


日本には「ソロ活」という言葉があるくらい、
一人で何かを楽しむことに寛容な文化があります。
こうした文化が根付いている背景には、
日本の治安の良さも関係しているのかもしれません。
確かに日本にいた時の自分を振り返ってみると、
一人で行える趣味が多かったように思います。
一方アメリカでは、
趣味の概念が大きいように感じます。
広い土地や、車社会が
生活スタイルを作っていて、
自然と友人、そして家族単位の活動が中心。
日本では電車や徒歩が主な移動手段なので、
一人でも気軽に参加できる娯楽が発展したのでしょうか。
日本での娯楽は、
「リフレッシュ」、「気晴らし」
などの感覚が娯楽に根付いていますが、
アメリカでは
「地域社会への参加」、「充実感」
などの要素を娯楽に求めているような感覚でした。
他人との関わりを大切にする娯楽にあふれるアメリカ
一人でも充実感が得られる娯楽にあふれる日本
どちらとも違った良さです。
「便利さ」が「豊かさ」に繋がるのか
現代は、
SNSがなければ生きていけないと言わんばかりに
たくさんの情報で溢れかえっています。
会いたい人には簡単に連絡が出来て、
電話をすれば声を聞くことが出来る。
分からないことがあれば、すぐに検索できる。
なんて便利な世の中なんだ…。
と思う反面、ふと考えることがあります。
「便利なコトやモノが、本当に私達の心を豊かにしてくれるのか。」
私はどちらかというとアナログ派です。
電子書籍ではなく、
紙の本を手に取りたい。
ノートパソコンではなく、
紙のノートで授業を受けたい。
「メモを取ることが、自分らしい答えを引き出す武器になる」
どの本か忘れましたが、
高校生の時に読んだ本にこう書いてあり、
高校生ながら、すごく心に残ったのを覚えています。

それから、
気になったことや心に残った言葉をノートに書くようになり
気づけばこんなにも紙のノートを消費してきました。
自分はこれからもアナログの道を歩んでいくんだと思います…。
あなたの街に、本屋はありますか?
皆さんが住んでいる家の周りには、
書店がどれくらいありますか?
わたしの最寄り駅には本屋がありましたが、
数年前に移転してしまいました。
そして隣の駅にあった
比較的規模の大きい本屋も閉業してしまいました。
日本の書店は、
今どんどん減っています。

日本出版インフラセンター(JPO)によると、
2000年代初期には2万軒を超えていた書店も、
2025年2月には1万471軒まで減少しました。
わずか20年余りで、街から多くの書店が姿を消していることになります。

その一方で、
電子出版の市場は大きく成長しています。
2014年に約1,144億円だった電子出版市場は、
2024年には5,660億円まで拡大しました。
この10年間で、約5倍です。
書店が減って、電子出版が伸びている。
こうして数字を並べてみると、
私たちの「本との向き合い方」そのものが
少しづつ変わっているんだと感じます。
本屋に足を運んで、
目に入った本を手に取る。
紙をめくりながら、
気になったところに付箋を貼る。
そんな時間よりも、
スマートフォンやタブレットを使って、
いつでもどこでも本を読めることのほうが
当たり前になってきています。
アメリカへ向かう飛行機の中でも、
電子書籍を読んでいる人を見かけました。
最近では美容室に行っても、
紙の雑誌ではなくiPadを渡されることが多いです。
(私は紙の雑誌が読みたいのに!!!!!!!!!!!)
心の中で叫びました。
泣く泣く、ipadを受け取ります。
「本を読む」という行為まで、
少しずつデジタルに変わっている。
そんな変化を身近に感じるようになりました。
でも、私はそれでも紙の本を読みたい。
これは本だけの話に過ぎないのでは…
と考えました。
少し不便なほうが、記憶に残る
テネシーに来てから、
Bee Rockと呼ばれる場所に
連れて行ってもらいました。
Bee Rockというのは
崖の上から広大な森林や谷を見渡すことのできる、
現地の人の中では有名な展望スポットです。

これが、その時の写真です。
圧倒されました。
木々が果てしなく続く光景。
人工物がほとんど見えない自然。

私は人間の手があまり加えられていない、
壮大なものを見るのが好きです。
別の日に、川にも連れて行ってもらいました。
足だけ浸かるつもりだったのに、
気づけば全身水の中でした。
携帯を持たずに、
ただ川の流れに身を任せて流れる。
せせらぎの音を聞いて、風を感じて、
目の前の景色を堪能する。
その「何もしない時間」が、
すごく心地よかったんです。
楽しいことばかりではなく、
浅瀬の岩に顔をぶつけて、
顔を切ってしまいました。
(痛かった)

でも今思えば、その痛みも含めていい思い出です。
そんな時間を過ごしていて、ふと思いました。
「私が幸せだと感じる瞬間って、
アナログなもののほうが多いのかも。」

私にとっての「豊かさ」
幼い頃のことを振り返ってみても、
イルカと泳いだこと、
船で無人島に連れて行ってもらったこと、
極寒の中でシュノーケリングをしたこと。
今でも、そういう思い出はよく覚えています。
携帯を置いて、自然の中で過ごすこと。
ものすごく便利なものではありません。
むしろ、少し不便です。
でも、実際に少し不便なほうが、
記憶に残ることって多い気がします。
例えば、パソコンで授業を受けるよりも、
紙のノートに自分の手でメモを取ったほうが、
授業の内容を覚えていることがあります。
私は現在アートと心理学の授業を受けていますが、
どの教授も口をそろえて
「ノートを取るなら、できれば紙に書いて」
と勧めてきます。
パソコンでタイピングするよりも、
自分の手を動かして書いたほうが、
頭に残りやすい。
「書く」という
昔から変わらないシンプルな行為だからこそ、
記憶に残るのかもしれません。
不便さがあるからこそ、
自分の目で見て、記憶することができる。
そうやって自分自身で体験したことは、
あとから思い返しても、
ちゃんと自分の中に残っている気がします。
もちろん、
デジタルが悪いと言いたいわけではありません。
電子書籍はすごく便利だし、
スマートフォンがあることで
助かることもたくさんあります。
便利なものが増えていくことは、
悪いことではありません。
でも、便利になったからといって、
それがそのまま「豊かになること」とは
限らないんじゃないかなと思います。
便利なものに囲まれている今だからこそ、
少し不便なものも大切にしたい。
携帯を置いて、自然の中で過ごすこと。
そして、自分の五感で、その瞬間を感じること。
そんな少し不便な時間の中に、
私にとっての「豊かさ」がある気がします。
便利なこの世の中でも、
デジタルに頼りすぎることなく、
アナログの良さも大切にしていきたいです。


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