三崎中学校での講演会。そして、私の過去がひっくり返った日。

NPO法人HONKI Universityで今日も元気に活動している佐野ほのかです!


本日はなんと!!


ありがたいことに、再び講演会をする機会をいただき、三浦市立三崎中学校でお話をさせていただきました!


こうして再びチャンスをいただけた私ですが、

実は人前で話すことは、今でも決して簡単なことではありません。


だから今回の講演会も、


「中学生のみなさんに何を届けられるだろう」


というワクワクと同じくらい、自分自身にとって大きな挑戦でもありました。


そして講演会が終わった後、私は一生忘れられない出会いをすることになります。


その出会いによって、今回の講演会は、私にとって想像もしていなかった特別な一日になりました。


「こんなことって本当にあるんだ。」そう思うような出来事でした。


そしてその出来事は、私自身の過去の見え方まで変えてくれたのです。


そのお話も含めて、今回の講演会について書いていきたいと思います。


以前、田園調布雙葉学園でも講演会をさせていただきました。

もしよろしければ、ぜひそちらのブログもご覧ください!

目次

なぜ三崎中学校で講演会をすることになったのか


まず、「なぜ三崎中学校で講演会をすることになったの?」というお話から。


実は今回の講演会は、たくさんのご縁が重なって実現したものです。


大学教授でありHONKI University代表の梅原洋陽先生がHONKI Universityを立ち上げたのは2016年。

その当時、梅原先生の最初の教え子の一人だったのが戸田先生でした。


戸田先生はHONKI Universityの立ち上げメンバーとして活動しながら、

自分自身の進路や人生とも真剣に向き合い続けてきたそうです。


最初は考古学者を目指していたそうですが、

HONKIでの活動を通してさまざまな経験を重ねる中で、

「自分は本当に何をしたいのか」を何度も問い直しました。


利尻島での活動、セブで見た社会課題、日本の養護施設での授業、そしてウガンダでの経験。

多くの人や価値観との出会いを通して、次第に教育の道を志すようになったそうです。


大学卒業後は、フロリダのディズニーワールドで働き、帰国後は塾講師として指導。

その後、さらに魅力的な授業ができる先生になるためにアメリカの大学への進学を目指し、

トップスクールへの合格も果たしました。


しかし、コロナ禍によって留学計画は白紙になってしまいます。


それでも前を向き続け、英語教員免許を取得し、教員採用試験にも合格。

たくさんの挑戦と遠回りを重ねながら、自分自身の道を切り拓いてこられました。


そして現在は、三崎中学校で英語教員として活躍されています。


そんな戸田先生が、かつて自分がもらったたくさんのチャンスを、

今度は私たちHONKI Universityの現役メンバーへ届けてくださいました


10年前は挑戦する側だった戸田先生が、今度は挑戦する機会をつくる側になっている。


梅原先生と教え子だった戸田先生とのご縁が10年続き、そのご縁がさらに次の世代へと繋がっていく。


私はそのことがとても素敵だなと思いました。


そして同時に、このような貴重な機会をいただけたことへのありがたさと責任も強く感じました。

今回の講演会

前回の田園調布雙葉学園での講演会では、グループに分かれてクラスを担当しました。

しかし、今回は少し違います。

なんと中学1年生、2年生、3年生の各クラスをHONKIメンバーが担当し、一人ひとりが講演会を行う形でした。

つまり、チームプレーでもありながら個人プレーでもあります。

普通の大学生活を送っていたら、大学生が中学校へ行き、自分で授業を作り、生徒のみなさんの前で話をする機会なんて、なかなかありません。

改めてHONKI Universityでは、本当に貴重な経験をさせていただいているなと感じました。

そして今回は全員が同じ授業をするわけではありません。

それぞれが自分で考えたワークを行い、それぞれの想いを届けます。

まさに、「その人らしい授業」です。

正直、教室へ向かう直前まで緊張していました。

「ちゃんと授業として成り立つかな」

「上手くいくかな」

「言葉が出なくなったらどうしよう」

そんなことばかり考えていました。

ですが実際に教室へ入ると、生徒のみなさんは本当に真剣に話を聞いてくれて、ワークにも積極的に参加してくれました。

「どう思う?」

そう聞くと、自分の考えを一生懸命伝えてくれる生徒もたくさんいました。

その姿に、私の緊張も少しずつほぐれていきました。

そして、梅原先生も戸田先生が担任を務めるクラスで講演をされていました。

10年前、最初の教え子だった戸田先生のクラスで授業をする。

その光景を見ながら、私は「教育って繋がっていくものなんだな」と改めて感じました。

HONKI Universityには先生になった卒業生がたくさんいます。

誰かから受け取った想いや応援が、また次の世代へと受け継がれていく。

そんな繋がりを感じる時間でもありました。

梅原先生は、戸田先生のクラスで、愛で溢れる講演会をされていました。

この中学生たちに、

「戸田先生と俺(梅原先生)がいれば大丈夫。」

「戸田先生はこんなかっこいい人生を送ってるんだ!!」と思ってほしい。

「過去に戸田さんはいろんな人から応援をされたからきっと君たちの将来や進路も全力で応援してくれると思うよ!」と伝えたい。

そんな梅原先生の熱い熱い気持ちが溢れている講演を見ていた私たちメンバーは、

涙なしでは見れませんでした。

そして私は、この日の講演会がただの講演会ではなく、人と人との繋がりや想いのバトンを感じる特別な時間だったのだと思いました。

私の過去がひっくり返った日

ここからは、私自身のお話です。

正直に言うと、私は人前で話すことが大の苦手です。

その理由は、生まれつき吃音症だからです。

物心がついた頃から、それは私の一番のコンプレックスでした。

毎朝の健康観察で、「はい、元気です。」と答えること。

たったそれだけの言葉なのに、なかなか声が出ませんでした。

国語の授業の音読もそうです。

自分の順番が近づくたびに緊張していました。

中学校の合唱コンクールでは、クラス紹介をする役になりました。

自分でやりたいと言ったわけではありません。

意地悪で押し付けられた役でした。

本当は誰かに止めてほしかった。

助けてほしかった。

大勢の保護者と全校生徒が見ている体育館。

マイクを持って話さなければなりませんでした。

結果は惨敗でした。

言葉はほとんど出ず、悔しさと恥ずかしさで泣きながら合唱したことを今でも覚えています。

高校受験の面接では、「日本語は母国語ですか?」

と言われたこともありました。

吃音症が原因でいじめを受けたこともあります。

仲間外れにされたこともあります。

だからこそ、人前で話すことは私にとってずっと「逃げたいもの」でした。

そんな私がHONKI Universityの活動を始めてから、人前で話す機会が増えました。

ユニバーサルカヌー体験会でのパドル指導。

インド研修の報告会。

カヌー体験会での説明。

中学校での講演会。

そして今は、大学で開催されるスピーチコンテストにも挑戦しようとしています。

昔の私なら、絶対に避けていたことばかりです。

もちろん今でも得意ではありません。

それでも少しずつ、「逃げない」という挑戦を続けてきました。

そして今回の講演会で、私の人生の中でも忘れられない出来事が起きました。

講演会が終わり、教室を出ようとした時です。

一人の生徒さんが私に声をかけてくれました。

「あの、もしかして吃音症ですか?」

私は一瞬、何を言われたのかわかりませんでした。

驚きました。

なぜなら、兄弟以外で吃音症の人と話したことがなかったからです。

その子は、講演の最後の話を聞いて、

「自分と話し方が似ている」と思ったそうです。

そして講演のあと、一緒に給食を食べさせてもらえることになりました。

その時、生徒さんが言ってくれた言葉があります。

「人前で話せるの、本当にすごいと思いました。」

私は泣きそうになりました。

なぜなら、その言葉の重みがまったく違ったからです。

同じ痛みを知っている人。

同じ苦しさを知っている人。

同じように、人前で話すことに勇気が必要な人。

そんな人からもらった言葉だったからです。

後からふと思いました。

吃音症の人にとって、人に話しかけることは本当に勇気がいることです。

きっと生徒さんも、大きな勇気を振り絞って私のところまで来てくれたのだと思います。

そして私は思いました。

今日という日は、本当にたくさんの奇跡が重なってできた一日だったのだと。

梅原先生と戸田先生が出会っていなかったら。

HONKI Universityがなかったら。

私が順天堂大学に入っていなかったら。

私がHONKI Universityに入っていなかったら。

今回の講演会がなかったら。

そして、たまたま私がそのクラスを担当していなかったら。

私は生徒さんと出会えていません。

全部が繋がって、今日がありました。

私は講演会で、生徒のみなさんの背中を押したいと思っていました。

でも実際は違いました。

また今回も、一番背中を押されたのは私でした。

ただ、その子に対してだけは、私だからこそできたことが少しあった気がしています。

私の姿を見て、

「自分もやってみようかな」

そう思ってくれていたら嬉しいです。

そして何より、この出来事のおかげで私の過去がひっくり返りました。

私はずっと、吃音症の記憶を「乗り越えなければいけない過去」だと思っていました。

できることなら、なかったことにしたい。

普通に話せる人が羨ましい。

話すことが得意なメンバーを見るたびに、

「なんで自分はこんなに苦労しなければいけないんだろう」

そう思うこともありました。

緊張ばかりで、

「楽しめばいいよ」「大丈夫だよ」

と言われても、どうしようと思ってしまいます。

でも今は少し違います。

あの日、私に声をかけてくれた生徒さんが、私の過去の意味を変えてくれました。

国語の音読で苦しかったことも。

合唱コンクールで泣いたことも。

面接で恥ずかしい思いをしたことも。

仲間外れにされたことも。

当時は全部、

「なんで私だけなんだろう」

と思うような出来事でした。

でも、その経験があったからこそ、私はあの日あの子と出会うことができました。

そして、ほんの少しだけかもしれないけれど、あの子の背中を押すことができたのかもしれません。

そう思えた時、私の中で過去の見え方が変わりました。

辛かった経験も。

悔しかった経験も。

全部あったから今日があった。

私にとって今回の講演会は、中学生のみなさんに何かを届ける時間であると同時に、自分自身が救われた時間でもありました。

そしてこれからも、有り難いことに人前で話す機会はあると思います。

そのたびに緊張すると思います。

不安になることもあると思います。

それでも、声を出すのが怖くなった時には、あの日のことを思い出せる気がしています。

あの言葉を思い出して、もう一度覚悟を決めることができると思っています。

実は、このお話には少しだけ続きがあります。

講演会から数日後、私が担当させていただいたクラスの担任の先生が、朝の会で私とその子の出来事について話してくださったそうです。

さらに、その出来事を学級通信にも載せてくださいました。

そのことを聞いた時、

「本当にこんなことってあるんだなぁ……」と思いました。

正直なところ、今でもどこか実感がありません。

でも、あの日の出会いが私だけの出来事ではなく、クラスのみなさんの中にも何かを残していたのだとしたら、とても嬉しく思います。

最後になりますが、このような貴重な機会をくださった戸田先生、梅原先生、三崎中学校の先生方、そして一緒に活動したHONKI Universityのメンバーのみなさん、本当にありがとうございました。

あの日、私は中学生のみなさんに何かを届けに行ったはずでした。

でも、本当に救われたのは私の方だったのかもしれません。

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