こんにちは。こーしです。
これはインドから帰国する日のブログです。
短く濃いインドでの日々

インドの最終日は「学んだこと」に関するプレゼンをしました。
インドで学んだことなら何について話しても良かった。
私は前日のヘリテージウォークについて話しました。
ヒンドゥー教のお寺の話。ヒンドゥー教の神様のガネーシャの話。
イギリス統治時代の圧政の話。そしてそれに立ち向かった人々。
イギリス人をたくさん殺した人が英雄になっていた時代です。
どれも私にとっては新鮮で新しく学んだ話でした。
一人の学生のプレゼンを聞いて、ふと思いました。
私がインドで学んだことって何だったのだろう。それはインドでしか学べなかったことなのだろうか。日本で学べた知識ではないのだろうか。
そんなことよりも、実際にふれて、匂いを嗅いで、食べたもの、聞いた声や音。それが自分にしかできない学びだったのではないか。
調べればどこでもできる学びより、そこでしか感じられないものがある。
SIUのバディと遊びに行ったり、カオスな道路を歩いてみたり。
そういう座学では知ることができないことが本当の学びだったような気がしています。

最後のお昼ご飯を食べながら、そんなことを考えていました。
そして、プネー空港からニューデリーまでのフライト。私はインドの夢をみた。
あっという間の1週間だった。
飛行機での新しい友達

ニューデリー空港について、一番驚いたこと。ターバンをしている人がめちゃくちゃ多い。プネーにはほとんどいなかった。
国内でこんなにも違うのか。
行きは夜だったから人が少なかったけれど、最終日のニューデリー空港にはたくさんの人がいた。本当にいろんな人がいるんだということを実感した。
ニューデリーから羽田に帰る機内で、新しい友達が増えた。一人はネパール人のSabuzさん。もう一人はイタリア人のLorenzoさん。
機内で席についた瞬間、電話しているSabuzさんに驚いた。
「飛行機でビデオ電話するんだ」日本の公共交通機関ではあまりない光景だと思う。
でも、話してみたらすごく良い人で日本語を2年間勉強していること、日本語検定を持っていることなど日本にすごく期待をしてくれているように感じた。Asante食堂で食べたネパールカレーの話をしたらすごく喜んでたくさん教えてくれた。Sabuzさんも私も英語は決して上手ではない。だけど、身振り手振りで伝えて、たくさんお話した。山形にいる日本人の奥様のところに行き、5年間日本の旅館で働くらしい。
Sabuzさんと話していた時に登場したLorenzoさん。
イタリア人で全くと言って良いほど英語を話せない。機内食を受け取る時、片付ける時に目があい、身振り手振りで伝えたり。英語で「日本に何日間いるの?」と聞いたけれど、全く伝わらない。Lorenzoさんは出張で日本にきたらしい。
こんなに言葉が伝わらないのは人生で初めてだ。
Google翻訳を使って日本語からイタリア語に翻訳。会話のテンポは遅かったけれど、少しずつ理解できた。日本にはお仕事で3日間の滞在だそう。
飛行機が大阪上空を飛行中、私たちに試練がやってきた。
税関の申請書だ。Sabuzさんは税関で何を書けば良いのか知っていたためスラスラとかけた。

しかし、Lorenzoさんは税関申請書の搭乗機の欄に自分の名前を書いている!それも一切の迷いを見せずに。それに気がついたSabuzさんと私はすぐにCAさんに新しい申告書をもらった。しかし、日本語版の申告書しかなく、日本語から翻訳して、何とか書き終えた。羽田に着陸して、「日本へようこそ」と握手をした。二人には日本で困ったことがあったらすぐに連絡するように。とfacebookを交換した。羽田に着いたのは10日の午前8時ごろ。
新しい友達二人と別れ、また会おうと約束をした。

日本に帰ってきて思うこと
日本に帰ってきてから一番最初に感じたこと。これはフィリピンから帰国した時にも同じ感覚だったが「何か落ち着く。」
それがどこからくるのかは全くわからない。
生まれ育った環境の匂いなのか。
きちんと整備された交通か。
それとも、みんなが自分に無関心だからだろうか。セブでもインドでも、イヤホンをつけながら歩いている人はいなかった。誰かが話しかけてきたり、話しかけたり。セブでもインドでも、道路で立ち止まっている人がいた。日本では道路で立ち止まっている人はだいぶ少ない。
インドに住む彼らは「君たちのような国を目指したい」と言っていた。しかし、日本にあってインドにないものは綺麗なトイレ、整備された道路、人への無関心さ、圧倒的一人の時間。それに引き換え私たちが得ているものは何なのだろうか。
そんなことを考えながらとんかつを食べました。



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