未来が見えない若者の時代

皆さん、初めまして!

順天堂大学国際教養学部1年、梅原ゼミナール所属の佐野 歩果(さの ほのか)です。

突然ですが、、、皆さん、「将来、やりたいことはありますか?」

目次

「やりたいことが分からない」は本当に個人の問題?

「将来、何をしたいの?」

大学生になると「またかよ、、、」と、周りや大学から必ずと言っていいほど聞かれるこの質問。

きっと多くの人が、一度は戸惑ったことがあるのではないでしょうか。

・やりたいことが見つからない

・何をすればいいのか分からない

・挑戦したいけれど動けない

実は、私自身も同じでした。私も、特別に熱中できるものがなく、時間はあるのに目先の娯楽のためにバイトをして「今日の自分は偉い」と言い聞かせて生きていました。

そして、いつの間にかこう思うようになっていました。

「行動できないのは自分のせいだ」

でも、周りを見渡すと同じように悩んでいる学生がたくさんいました。

これほど多くの若者が同じ悩みを抱えているなら、

それは本当に個人の問題なのでしょうか。

これほど多くの若者が同じ悩みを抱えているなら、原因は社会の構造や空気にあるのかもしれません。

この記事では、若者の自己決定を難しくしている背景として、

ロールモデルの不足と挑戦機会の格差

という視点から皆さんにお伝えしたいと考えております

さて、

”なぜ私がこの記事を書くのか?”

以前に私は、特別な目標を持たずに「普通の人生」を歩んでいくのだろうと思っていました。

人によって”普通”はそれぞれですが、

私の場合は、大きな不満があるわけではないけれど、強い希望もない。そんな状態のことでした。

しかし、ある団体と出会い、活動に関わる中で、自分の考え方が少しずつ変わっていきました。

そして、自分のやりたいことが見つかっていない人、何をすればいいのか分からない人は、想像以上に多いと気付きました。

だからこそ、この文章を読んだ誰かが、

「何かやってみようかな」

と思えるきっかけになれば良いと思い、この記事を書いています。

なぜ今の大学生は”未来”を描きにくいのか

大学生になると、急に「将来」を考える場面が増えます。

しかし現実には、考えても行動に移せない人や、挑戦したくてもチャンスがないと感じている人が増えています。

さらに学生の間には、「一度失敗したら終わり」というイメージが強くあります。

その結果、多くの若者が「動けない自分が悪い」と自分を責めてしまうのです。

でも、これほど多くの人が同じ状況にいるなら、

原因は個人ではなく社会の環境にあるのかもしれません。

社会の変化と進路の難しさ

今は、昔よりも進路の選択肢が増えています。

終身雇用が当たり前ではなくなり、仕事の種類も増え、働き方も多様になりました。

一見すると可能性が広がったように見えますよね?

しかしその一方で、将来の姿をはっきり描くことは難しくなりました。

それにもかかわらず、大学生には早い段階から進路を決めることが求められます。

このギャップが、不安や迷いを生み出していると思っています。

「良い大学・良い会社=幸せ」という考え

今でも社会には、「良い大学に入り、良い会社に就職すれば幸せになれる」

という考え方が強く残っています。

しかし私の身の回りを見ていると、必ずしもそうではないと感じる場面がありました。

・社会的に成功していても心の調子を崩してしまう人。

・良い大学に進学しても幸せを感じられない人。

・親の期待が大きすぎて苦しんでいる人。

こうした現実を知るほど、

「お金があれば幸せ」「良い大学や就職先に行けば必ず幸せな人生が待っている」

とは一概に言い切れないと感じるようになりました。

しかし、社会全体としては依然としてそのような価値観が強く、多くの人がそれを前提として将来を考えている現状があることが分かりました。

実際に、私が周囲の大学生から聞いた話では、「お金が稼げれば何でもいい」といったように、

自身の興味や適性を深く考える前に、経済的条件のみを重視して進路を決めようとする人が多いと感じました。

この課題は個人ではなく環境の問題

ここまで考えて、私は思うようになりました。

「やりたいことが分からない」のは、個人の問題ではない。

社会の中で生まれている問題なのではないか。

特に大きいと感じたのは次の3つです。

ロールモデルの不足

身近に「尊敬できる大人」「背中を追いたい大人」がいないことで、若者は「どこを目指せばいいのか」「どんな大人になりたいのか」を具体的に想像できなくなっており、未来像が描けないことは、行動をしづらくさせている。

体験・挑戦機会の格差

年齢ではなく「どれだけ経験してきたか」で、人の行動力や判断力は大きく変わる。にもかかわらず、多くの大学生は

・失敗が怖い

・一度の失敗で評価が下がる気がする

・そもそも挑戦できる場がない

という空気の中で、経験を積む前に立ち止まってしまう。

自己責任化されやすい社会構造

行動できない理由が社会側にあっても、「行動しない自分が悪い」と個人が背負ってしまう。この構造こそが、多くの若者を静かに苦しめている。

だからこそ私は、この課題について「考える」だけでなく、

実際に人と関わり、体験を通して向き合っている場に身を置くことが重要だと感じるようになりました。

NPO HONKI Universityとの出会い

その中で出会ったのが、NPO HONKI University です。

団体の代表であり、大学の英語担当でもある梅原先生から

「手伝いに来ない?」

と声をかけていただいたことがきっかけでした。

活動を続けるうちに、この場所に「楽しさ」と「やりがい」を感じるようになりました。

そして気づいたのです。

両親以外で、信頼し続けたいと思える大人たちに出会えた

ということに。

HONKI Universityの活動

HONKI Universityは、

『自分の本当の気持ち』に気づくきっかけや場所作りを目指し、誰もが自分の人生を自分らしく生きられる。

を目指して活動している団体です。

大人も子どもも、年齢や性別、国籍や障がいの有無にかかわらず、誰もが楽しく安全に楽しめるカヌー。2007年より、辻堂海浜公園サザン池にてユニバーサルカヌー体験会を実施しています。

これまで200回以上の体験会で、総体験者数50,000人以上、障がい児1,700人以上(いずれも延べ)を数える地域イベントに育ってきました。

ユニバーサルカヌー体験会は、「障がい児と健常児が一緒に遊ぶ環境がない」と語った養護学校長の言葉がきっかけで始まりました。

体験会は過去11年間に166回開催され、延べ1350人の障がい児を含めて約4万3千人の方々がこのカヌーを楽しんできました。

活動を通して感じたこと

当初は、既存のイベント運営に補助的な形で参加していました。しかし、回数を重ねるうちに運営メンバーの一員として迎え入れていただき、現在では自らイベントの企画・設計から運営までを担うようになりました。

この活動を通して、イベント運営の具体的な方法を学べることはもちろんですがそれ以上に、

「 “人”のために考えること」の重要性を強く実感しています。

参加者や関係者一人ひとりの立場や気持ちを想像しながら企画を進める中で、

人は多様な価値観や背景をもつ存在であることを改めて認識するようになり、

その結果、本活動は単なるイベント運営の経験にとどまらず、人のあり方について深く考え、学ぶ機会となっていると感じています。

HONKI University のメンバーの皆さんは個人で自分の人生があり、それにもかかわらず全員が本気で熱意100パーセントでこの活動をしていること。年齢や立場、趣味や考え方、生き方も違う人たちと、真剣に何かに取り組む場所があるんだ。と実感しました。

活動を通してもう一つ驚いたことがあります。

それは、私よりもはるかに年下の小学生や中学生の子たちの方が、

圧倒的に「社会でとても求められる力」を持っているということです。

「そんなことある?」と思いますよね。

でも実際に、大学生である私よりも、小学生や中学生の方がしっかり動けている場面が本当にあるのです。


”なぜか?”

それは、経験してきた量がまったく違うから
年齢だけ見れば、私の方が生きている年数は倍近くあります。
それでも、彼らの方が実践的な経験値を多く積んでいる。
そこで私は、はっきりとした「体験格差」を感じました。

それは小さなことから大きなことまで、あらゆる場面で感じました。

・あいさつや声のハキハキさ

・お客さんへの接客

・小さなことでもすぐ動く行動力

・度胸

・物事に取り組む力

・どうしたら楽しめるかを考える力

・周りを見ながら動く力

また、この団体はお金を生みません。それぞれが自分で交通費を出し、時間を使い、いわゆる「見返り」と言えるものはありません。

それでもこの団体が好きで、ここにいるメンバーが好きだからこそ、人はひとつの場所に集まります。

この状況は決して当たり前ではなく、

ここに至るまでには、長い年月をかけて築き上げられてきた背景があります。

尊敬できる大人との出会い

活動の中で最も印象に残っているのは、

「尊敬できる大人がいる」と実感した瞬間です。

幼少期を過ごしたタイでは、家族や地域の大人たちとの距離が近く、日常の中で多くの大人の姿を自然と目にする環境にありました。人それぞれに価値観や基準はありますが、私は幼い頃からさまざまな大人と関わってきてその中で、尊敬できる大人もいれば、正直に言って「こうはなりたくない」と感じる大人も見てきました。

そこから、コロナの影響でタイから日本へ来たとき、身近に心から尊敬できる大人がいないことに気づいたのです。子どもは大人の姿を見て憧れを抱き、やりたいことを見つけ、「こんな人になりたい」と未来を思い描くものだと思っています。けれど当時の私の周囲には、そのように思える大人の存在がいなかったのです。

だからこそ、この団体で出会った大人たちの姿は衝撃でした。

ここには、生きがいを持ち、やりがいを感じながら、どんなことにも全力で向き合う大人たちがいます。

自分の人生に本気で向き合い、人のために時間と労力を使うそんな方たちと共に活動する中で、私は自然と「自分はどのような大人になりたいのか」「何を大切にして生きていきたいのか」を考えるようになり、少しずつでですが、自分の将来像や、やりたいことが見えてきました。

若者はやる気がないのではない

HONKI University での活動を通して、私が最も強く感じたのは、

「人はやる気がないのではなく、動き出すきっかけを与えられていないだけなのではないか」ということです。

これまで私は、「挑戦できないのは自分の問題」「やりたいことが見つからないのは努力不足」と、無意識のうちに自分を責めていました。しかし、実際に現場に立ち、多くの大人や子どもと関わる中で、その考えは大きく変わりました。

この団体には、成功を誇示する大人はいない。自分の人生に本気で向き合い、人のために時間と労力を惜しまない大人たちがいる。そうした姿を間近で見ることで、私は初めて、「こんな大人になりたい」と自然に思えるようになり、未来が見えなかった私にとって、それは大きな変化だったのです。

また、年齢が下の子どもたちの方が主体的に動けている場面に何度も出会い、「能力」ではなく「経験の量」が行動力を左右するのだと実感した。挑戦する力は、生まれ持ったものではなく、挑戦できる環境の中で育つもの。

それにもかかわらず、社会では「行動しないこと」はすぐに個人の責任として扱われる。しかし、本当に問われるべきなのは、若者が失敗しても挑戦できる場所や、信頼できる大人と出会える環境が十分に用意されているのか、という点ではないだろうか。

私はこの団体での経験を通して、「未来が見えない」という感覚の正体は、不安や怠慢ではなく、ロールモデルと体験の欠如にあるのだと感じている。だからこそ、若者に必要なのは答えを与えられることではなく、自分で答えを見つけていけるだけの「場」「人」「経験」なのだと思う。


まとめ

・若者が挑戦できないのは個人の問題ではない

・ロールモデルと体験の不足、自己責任化されやすい社会構造が影響している

・HONKI Universityは体験と出会いを生み出している


もし今、「やりたいことが分からない」「未来が見えない」と感じているなら、

それはあなたが怠けているからではない。

まだ、”出会っていないだけ”かもしれない。

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